1980年代、世界と日本で何が起きていた?
――バブル、冷戦、歌謡曲、ファミコン。熱気に包まれた10年間

1980年代は、今とはずいぶん違う時代でした。
スマートフォンもインターネットもなく、連絡手段は固定電話。音楽はレコードやカセットテープ、写真はフィルムカメラで楽しみました。
その一方で、世界では冷戦が終わりへ向かい、日本では経済大国への歩みが進みました。1980年代後半には、バブル景気も大きく膨らみます。
1954年生まれの私にとって、この10年間は26歳から35歳。仕事や結婚、子育てに追われた時期でもありました。
ここでは、世界の動き、日本の暮らし、そして当時の文化を振り返ります。
1.冷戦からベルリンの壁崩壊へ
1980年代前半、世界はアメリカとソ連が対立する冷戦のただ中にありました。
アメリカでは1981年にレーガン大統領が就任。イギリスでは、1979年からサッチャー首相が政権を担っていました。
ソ連では1985年、ゴルバチョフが指導者となり、改革と情報公開を進めます。
1986年にはチェルノブイリ原発事故が発生。1989年にはベルリンの壁が開放され、東欧の社会主義体制も大きく揺らぎました。
冷戦の緊張から始まった1980年代は、世界が新しい時代へ動き出した10年間でもあったのです。
2.戦争と天安門事件
1980年に始まったイラン・イラク戦争は、1988年まで続きました。
石油の多くを中東に頼っていた日本では、再び物価が上がるのではないかという不安も広がりました。
1989年には、中国で天安門事件が起こります。ベルリンの壁が開放される一方、中国では別の道が選ばれました。
この年は、世界史の大きな分岐点だったのです。
3.日本は経済大国へ
日本の自動車や電化製品は世界中で売れ、「Made in Japan」は高品質の代名詞になりました。
1982年には中曽根康弘内閣が発足。1985年には電電公社がNTTに、1987年には国鉄が分割・民営化され、JR各社が誕生しました。
1985年のプラザ合意後には急速な円高が進み、日本経済は円高不況への対応を迫られます。
そこで日本銀行が金融緩和を進め、金利が下がると、お金は株や土地へ流れました。
「土地は必ず上がる」「財テク」といった言葉が広がり、やがてバブル経済が膨らんでいきます。
1989年末、日経平均株価は史上最高値を記録しました。しかし、その熱狂は長く続きませんでした。
4.消費税と平成の始まり
1989年4月、日本で初めて消費税が導入されました。税率は3%です。
今の10%と比べれば低いものですが、当時は「買い物をするだけで税金を払うのか」と大きな議論になりました。
同じ年の1月には昭和天皇が崩御し、元号は平成へ変わります。
昭和64年はわずか7日間で終わりました。戦争、復興、高度経済成長を経験した昭和が、ここで幕を閉じたのです。
5.テレビが作った「みんなの流行」
インターネットのない時代、流行の中心はテレビでした。
「ザ・ベストテン」や「夜のヒットスタジオ」を見て、翌日、学校や職場で感想を話す。そんな光景が当たり前でした。
「8時だョ!全員集合」「オレたちひょうきん族」「笑っていいとも!」など、家族みんなで楽しむ番組も多くありました。
1983年に放送が始まった「おしん」は、まさに日本中が見ていた番組です。
今ほど好みが細かく分かれていなかったからこそ、テレビ番組は世代を超えた共通の話題になっていました。
6.アイドルと歌謡曲の黄金時代
1980年代は、アイドルの時代でもありました。
松田聖子の「青い珊瑚礁」「赤いスイートピー」、中森明菜の「少女A」「DESIRE -情熱-」、小泉今日子の「なんてったってアイドル」「木枯しに抱かれて」、田原俊彦の「哀愁でいと」「抱きしめてTONIGHT」、近藤真彦の「スニーカーぶる〜す」「ギンギラギンにさりげなく」、おニャン子クラブの「セーラー服を脱がさないで」、光GENJIの「パラダイス銀河」「ガラスの十代」。
歌番組から、次々とスターが生まれました。
レコードを買い、カセットテープに録音し、歌詞カードを見ながら歌を覚える。好きな曲を集めた「マイベストテープ」を作った人も多いでしょう。
一方で、美空ひばりの「川の流れのように」、北島三郎の「まつり」、五木ひろしの「長良川艶歌」、石川さゆりの「天城越え」など、演歌や歌謡曲も健在でした。
アイドルと演歌歌手が同じ番組に出演する。そんな幅広さも、1980年代の音楽番組の魅力でした。
7.ニューミュージックとシティポップ
サザンオールスターズの「いとしのエリー」「勝手にシンドバッド」、松任谷由実の「守ってあげたい」「恋人がサンタクロース」、山下達郎の「RIDE ON TIME」「クリスマス・イブ」、竹内まりやの「元気を出して」「駅」、オフコースの「さよなら」「Yes-No」、安全地帯の「ワインレッドの心」「恋の予感」、チェッカーズの「涙のリクエスト」「ジュリアに傷心」、BOØWYの「MARIONETTE」「ONLY YOU」、TM NETWORKの「Get Wild」「Self Control」。
新しい音楽も、次々に登場しました。
車の中でカセットテープを流し、夜の街を走る。都会的な曲を聴きながら、少し大人になった気分を味わった人も多かったはずです。
現在、海外でも人気のシティポップは、1970年代後半から1980年代にかけて大きく花開きました。
8.映画とレンタルビデオ
「E.T.」「スター・ウォーズ」「トップガン」「バック・トゥ・ザ・フューチャー」など、今も人気の映画が続々と公開されました。
レンタルビデオ店も広がり、映画は映画館だけでなく、自宅でも楽しむものになっていきます。
ビデオを借りたものの、返却日を忘れて延滞料金に驚いた経験がある人もいるかもしれません。
9.東京ディズニーランドとファミコン
1983年、東京ディズニーランドが開園しました。
同じ年、任天堂はファミリーコンピュータを発売します。
ファミコンの登場で、テレビは番組を見るだけでなく、遊ぶためのものにもなりました。
「スーパーマリオブラザーズ」「ドラゴンクエスト」「ゼルダの伝説」などに夢中になり、兄弟でコントローラーを取り合った家庭も多かったでしょう。
1989年にはゲームボーイも登場。現在のゲーム文化の土台は、この時代に作られました。
10.若者文化とバブルの街
竹の子族、DCブランド、ボディコン、ディスコ、ウォークマン、カラオケ。
1980年代は、若者文化も華やかでした。
バブル期には六本木、赤坂、青山などが夜の街として注目され、高級車やブランド品、海外旅行が憧れの象徴になりました。
ただし、誰もが派手な生活をしていたわけではありません。
住宅ローンを払い、子どもを育て、給料日前には財布の中身を気にする。多くの家庭は、今と同じように堅実な暮らしをしていました。
11.便利ではなかったけれど、待つ楽しさがあった
携帯電話もメールもなく、待ち合わせは駅の改札口。
旅行には紙の地図を持ち、電車の確認には時刻表を使いました。
写真は現像するまで失敗に気づきません。録音したカセットテープは、伸びたり絡まったりしました。
不便でしたが、その分、手紙を待つ時間やレコードを買う楽しみ、電話が鳴る瞬間の緊張感がありました。
今より時間がゆっくり流れていたようにも思います。
12.1980年代を1年ずつ
1980年
イラン・イラク戦争開始。山口百恵が引退。
1981年
レーガン大統領就任。「ルビーの指環」がヒット。
1982年
中曽根内閣発足。「E.T.」が日本で大ヒット。
1983年
東京ディズニーランド開園。ファミコン発売。「おしん」の放送開始。
1984年
ロサンゼルス五輪。アイドル文化がさらに拡大。
1985年
プラザ合意。つくば科学万博。日本航空123便墜落事故。
1986年
チェルノブイリ原発事故。日本ではバブル景気の兆しが現れる。
1987年
国鉄分割・民営化でJR各社発足。NTTが携帯電話サービスを開始。
1988年
青函トンネル、瀬戸大橋が開通。東京ドーム開場。
1989年
昭和から平成へ。消費税導入。ベルリンの壁が開放され、東欧の体制変化が進む。バブル景気が頂点に近づく。
13.1980年代とは、どんな時代だったのか
1980年代は、「未来は今より良くなる」と多くの人が信じていた時代でした。
新しい家電、車、道路、ゲーム、音楽。次々に登場する商品が、暮らしを少しずつ変えていきました。
その一方で、冷戦、戦争、原発事故、バブル崩壊への不安もありました。
華やかさだけでは語れない、変化の大きな時代だったのです。
14.今につながる10年間
現在、私たちはスマートフォンで写真を撮り、世界中の情報を見て、AIと会話しています。
1980年代の自分に話しても、きっと信じてもらえないでしょう。
しかし、その未来の種は、ファミコン、パソコン、携帯電話、半導体、そして日本企業の技術の中にありました。
1980年代は、単なる懐かしい昭和ではありません。
昭和が最後の輝きを見せ、世界と日本が次の時代へ動き始めた10年間でした。
皆さんにとって、1980年代はどんな時代だったでしょうか。
どんな歌を聴き、どんなテレビを見て、どんな夢を持っていましたか。
あの頃の曲を聴きながら、当時の自分を思い出してみるのもいいかもしれません。
あの頃、あなたは何歳で、何をしていましたか?
