1990年代、父36歳・長男7歳・長女5歳から始まった10年間
――バブル崩壊の日本で、働き盛りの父と成長する子どもたち

私は1954年生まれです。長男は1983年、長女は1985年生まれ。
1990年、私は36歳、長男は7歳、長女は5歳でした。1999年には、私は45歳、長男16歳、長女14歳。私にとって1990年代は、30代後半から40代半ばの働き盛り。子どもたちにとっては、幼少期から中高生へ成長した10年間でした。
同じ時代でも、父親と子どもでは見えていた景色が違っていたはずです。そして私にとって、この時代を語るうえで欠かせないのが、東邦相互銀行と伊予銀行との合併でした。
バブル崩壊と家族の成長
1990年、日本はまだバブル景気の余韻に包まれていました。しかし株価や土地価格は下落し始め、後にバブル崩壊と呼ばれる時代へ入っていきます。
父親にとっては、景気や会社の将来、教育費などが気になる時期でした。一方、7歳と5歳の子どもたちは、学校へ行き、遊び、テレビを楽しむ毎日。社会の不安とは別の世界を生きていました。
1991年から1993年にかけて、湾岸戦争や政治の変化、Jリーグの開幕など、社会は大きく動きました。子どもたちの間では、ファミコンやスーパーファミコンが人気となり、テレビゲームが家庭の風景に定着していきました。
銀行業界にも、少しずつ変化が近づいていました。バブル期に広がった融資は、景気後退とともに銀行経営にも影響を及ぼします。
1995年――社会の不安と新しい時代
1995年、私は41歳、長男12歳、長女10歳でした。
阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件が起こり、「日本は安全な国」という感覚が大きく揺らいだ年です。
一方で、Windows 95が発売され、パソコンやインターネットが注目され始めました。後にスマートフォンやAIを使う時代が来るとは、当時は想像もできませんでした。
このころから、銀行も永遠に安定しているわけではないと感じるようになりました。
東邦相互銀行と伊予銀行の合併
1990年代の私にとって、東邦相互銀行と伊予銀行との合併は大きな出来事でした。合併日や当時の年齢は正確に覚えていませんが、東邦相互銀行が吸収される側になったことは、今も記憶に残っています。
外から見れば、合併は「二つの銀行が一つになる」だけに見えるかもしれません。しかし、働く側にとっては、銀行名や看板が変わり、長年築いてきた歴史や誇りが相手側の組織に取り込まれる出来事です。
地域や顧客を守るために必要な判断だったとしても、吸収される側には寂しさや悔しさ、戸惑いがありました。
合併後は、仕事の進め方や組織、人間関係も変わります。私にとっては、勤務先が変わっただけでなく、仕事人生そのものが揺さぶられる経験でした。
家に帰れば、子どもたちは学校や友達、音楽やゲームを楽しんでいました。子どもたちの明るい成長の一方で、父親は職場の将来を考えていたのです。
1997~1999年――変わる社会と成長する子どもたち
1997年には消費税が5%に引き上げられ、山一證券の自主廃業や北海道拓殖銀行の破綻も起こりました。「大企業や銀行なら安心」という常識が崩れ始めた時代です。
一方、子どもたちはプリクラ、ゲーム、音楽、テレビドラマに夢中でした。ポケベルや携帯電話も広がり、新しい情報社会が始まっていました。
1998年には長野冬季オリンピックが開催され、J-POPも大きな盛り上がりを見せました。長男は15歳、長女は13歳。音楽やファッションに関心を持つ年代へ成長していました。
1999年、私は45歳、長男16歳、長女14歳。NTTドコモの「iモード」が始まり、携帯電話でメールやニュースを見る時代が始まりました。
10年前には幼かった子どもたちが、いつの間にか中高生になっていたのです。
家族の年齢で振り返る1990年代
1990年、私は36歳、長男7歳、長女5歳。日本はまだバブルの余韻の中にありました。
1995年、私は41歳、長男12歳、長女10歳。震災や事件を経験し、パソコンやインターネットが注目され始めました。
1999年、私は45歳、長男16歳、長女14歳。銀行の合併を経験し、社会は不安定になる一方で、携帯電話やインターネットが普及し始めていました。
父親にとっての1990年代は、仕事、景気、教育費、家族の将来を考えた10年間でした。子どもたちにとっては、学校、友達、ゲーム、音楽、ファッションを楽しみながら成長した10年間です。
同じ家で暮らしていても、親と子では違う1990年代を生きていたのだと思います。
おわりに
あれから30年以上が過ぎ、私は70代、子どもたちは40代になりました。
1990年代は、日本にとって「失われた10年」の始まりだったかもしれません。私にとっては、銀行の合併によって、吸収される側の苦しさや組織の変化を経験した時代でした。
しかし家族にとっては、決して失われた10年ではありません。子どもたちは成長し、私は働き盛りを駆け抜けました。
歴史は教科書の中だけにあるのではありません。自分や家族が何歳で、どんな生活を送り、仕事で何を経験したのかを振り返ると、日本の歴史と家族の歴史が重なって見えてきます。
1990年代は、家族と仕事、そして日本社会が大きく変わった、二度と戻らない10年間でした。
