第12回 昭和のヒットドラマと家族団らん

〜テレビの前に家族が集まった、あの懐かしい夜〜

昭和の時代を振り返ると、テレビは単なる「家電製品」ではありませんでした。

夕食を終えると、家族みんなが居間に集まり、一台のテレビを見る。
父親も母親も子どもたちも、同じドラマを見て笑ったり、泣いたり、翌日にはその話題で盛り上がったりしました。

今では一人ひとりがスマートフォンやタブレットを持ち、好きな番組を好きな時間に見ることができます。それはとても便利なことです。

しかし昭和には、**「みんなで同じ番組を見る時間」**がありました。

今回は、そんな昭和のヒットドラマを振り返りながら、テレビが家族団らんの中心にあった時代を思い出してみたいと思います。


テレビが「家族の真ん中」にあった昭和

昭和30年代から40年代にかけて、テレビは急速に一般家庭へ普及しました。

当初は白黒テレビ。やがてカラーテレビが家庭に入り、テレビは一家に一台という時代になります。

現在のように各部屋にテレビがある家庭は少なく、多くの場合、テレビが置かれていたのは茶の間や居間でした。

だからテレビを見るということは、自然と家族が同じ部屋に集まることでもあったのです。

「もうすぐ始まるぞ!」

誰かがそう言えば、お風呂を早めに済ませたり、宿題を終わらせたりしてテレビの前へ。

チャンネル争いもありました。

父親は野球中継、母親はドラマ、子どもはアニメや歌番組。

今思えば、そんなチャンネル争いさえ昭和の家族の懐かしい思い出です。


『ありがとう』― 家族みんなで見られたホームドラマ

昭和を代表するホームドラマの一つが『ありがとう』です。

水前寺清子さん、石坂浩二さんらが出演し、1970年代に大きな人気を集めました。

https://www.youtube.com/watch?v=R97NTtTytjo

派手な事件が次々起こるわけではありません。

家族や近所の人たちとの日常、人情、恋愛、親子関係などを丁寧に描いていました。

だからこそ、お年寄りから子どもまで一緒に見ることができました。

ドラマの中に描かれていた人間関係は、当時の日本人にとって身近なものだったのでしょう。


『時間ですよ』― 銭湯を舞台にした昭和の人情

昭和のホームドラマを語るなら、『時間ですよ』も忘れられません。

https://www.youtube.com/watch?v=fURq00N9d7Y&list=RDfURq00N9d7Y&start_radio=1

舞台となったのは東京の銭湯。

森光子さんを中心に、堺正章さん、悠木千帆さん(後の樹木希林さん)など、個性豊かな俳優たちが登場しました。

銭湯は、当時の地域社会を象徴する場所でもありました。

近所の人が集まり、世間話をし、子どもからお年寄りまで顔見知り。

今では少なくなった**「ご近所付き合い」**がドラマの中にありました。


『寺内貫太郎一家』― 頑固親父と家族の物語

1974年に放送が始まった『寺内貫太郎一家』。

https://www.youtube.com/watch?v=0DD0K-_pjHA&list=RD0DD0K-_pjHA&start_radio=1

小林亜星さん演じる寺内貫太郎は、まさに昭和の頑固親父でした。

家族とぶつかり、大声で怒り、時にはちゃぶ台をひっくり返す。

今の感覚から見ると驚く場面もありますが、その奥には家族への強い思いがありました。

樹木希林さん演じるおばあちゃんが沢田研二さんのポスターを見ながら、

「ジュリー!」

と身悶えする場面を覚えている人も多いのではないでしょうか。

家族みんなで笑えるドラマでした。


『太陽にほえろ!』― 金曜日の夜を楽しみにした刑事ドラマ

1972年に始まった『太陽にほえろ!』も、昭和を代表する大ヒットドラマです。

https://www.youtube.com/watch?v=ctgN0EKwJHU

石原裕次郎さん演じる「ボス」を中心に、個性豊かな刑事たちが活躍しました。

マカロニ、ジーパン、テキサス、ボン、ロッキー……。

刑事たちがニックネームで呼ばれていたのも特徴でした。

松田優作さん演じるジーパン刑事の殉職シーンは、昭和のテレビ史に残る場面として語り継がれています。

家族で夕食を食べながら、

「今日はどうなるんだろう」

とテレビに見入った家庭も多かったことでしょう。


『Gメン'75』― 滑走路を歩く姿が格好よかった

『Gメン'75』も忘れられません。

丹波哲郎さんを中心としたGメンたちが、横一列になって滑走路を歩いてくるオープニング。

https://www.youtube.com/watch?v=cskzXM82WDQ

あの映像と音楽を覚えている人も多いでしょう。

重厚で少し大人向けの刑事ドラマでしたが、土曜日の夜を代表する人気番組となりました。

「土曜の夜はGメン」

そんな家庭もあったのではないでしょうか。


『赤いシリーズ』― 山口百恵さんに夢中になった時代

1970年代には、山口百恵さん主演の「赤いシリーズ」も大人気となりました。

『赤い疑惑』『赤い運命』など、運命に翻弄されながら生きる主人公の姿に、多くの視聴者が涙しました。

https://www.youtube.com/watch?v=UwjZe-LfGTY&list=PL6jULxTMXWyAs0-MgiyOfff_OO6Xy2W6k

特に山口百恵さんと三浦友和さんは、当時を代表するスターでした。

テレビの中の二人を見ながら、

「本当にお似合いだね」

などと家族で話した人もいるでしょう。

後に二人が実際に結婚したことも、昭和を代表する大きな話題となりました。


『北の国から』― 家族とは何かを考えさせられた

1981年に始まった『北の国から』。

https://www.youtube.com/watch?v=hsSAnsrQvLk&list=RDhsSAnsrQvLk&start_radio=1

北海道・富良野を舞台に、田中邦衛さん演じる父・黒板五郎と、純、蛍の兄妹の暮らしを描いた作品です。

便利な都会から離れ、厳しい自然の中で暮らす家族。

「家族とは何だろう」

「豊かさとは何だろう」

そんなことを考えさせられるドラマでした。

さだまさしさんによるテーマ曲を聴くだけで、北海道の広大な風景を思い出す人もいるでしょう。


『池中玄太80キロ』― 不器用だけれど温かい父親

西田敏行さん主演の『池中玄太80キロ』も、昭和の家族ドラマとして印象深い作品です。

https://www.youtube.com/watch?v=UzTYnqjmlFY&list=RDUzTYnqjmlFY&start_radio=1

突然、父親として子どもたちと向き合うことになった池中玄太。

決して格好いい父親ではありません。

失敗し、悩み、怒りながらも、子どもたちを一生懸命愛する。

そんな姿に笑い、そして泣かされました。

昭和のホームドラマには、完璧ではないけれど人間味あふれる父親や母親がたくさん登場していました。


『おしん』― 日本中が見守った一人の女性の人生

1983年に放送されたNHK連続テレビ小説『おしん』は、社会現象ともいえる大ヒットとなりました。

https://www.youtube.com/watch?v=aimbW2e36yM

貧しい少女時代から数々の苦難を乗り越えて生きていく、おしん。

特に戦前・戦中を経験した世代にとっては、自分たちの人生や両親の苦労と重なる部分も多かったのではないでしょうか。

朝の放送を見たあと、

「今日のおしん、かわいそうだったね」

そんな会話が職場や近所で交わされました。

テレビドラマが世代を超えた共通の話題になっていた時代です。


なぜ昭和のドラマは家族の思い出として残っているのか

昭和のドラマには名作がたくさんあります。

しかし、私たちが懐かしく思うのは、ドラマそのものだけではないような気がします。

思い出しているのは、

そのドラマを見ていた頃の自分であり、一緒にテレビを見ていた家族なのかもしれません。

テレビの横には父親が座っていた。

母親は台所からテレビを見ていた。

兄弟姉妹と場所を取り合った。

冬にはこたつに入り、みかんを食べながらドラマを見た。

番組が終われば、

「面白かったね」

「来週はどうなるんだろう」

そんな会話が自然に生まれました。


スマホのなかった時代だからこそ生まれた家族団らん

今はテレビを見ながらでも、手元にはスマートフォンがあります。

YouTube、SNS、動画配信サービスなど、一人ひとりが別々のものを見る時代になりました。

便利になった反面、家族全員が一つのテレビ番組に夢中になる機会は少なくなりました。

昭和の家庭にはスマートフォンもインターネットもありませんでした。

だからこそ、テレビが家族をつなぐ役割を果たしていたのかもしれません。

一台のテレビを家族全員で見る。

たったそれだけのことですが、そこには確かに**「家族団らん」**がありました。


あの頃、あなたは誰とテレビを見ていましたか?

『ありがとう』
『時間ですよ』
『寺内貫太郎一家』
『太陽にほえろ!』
『Gメン'75』
『赤い疑惑』
『北の国から』
『池中玄太80キロ』
『おしん』……。

タイトルを見ただけで、主題歌や俳優の顔、そして当時の茶の間まで思い浮かぶ作品があるのではないでしょうか。

ドラマを懐かしく思う気持ちは、単なる昔の番組への懐かしさだけではありません。

そこには、若かった自分がいて、元気だった両親がいて、兄弟姉妹がいて、家族みんなで笑っていた時間があります。

昭和のヒットドラマは、私たちに物語を見せてくれただけではなく、家族が一緒に過ごす時間そのものを作ってくれていたのかもしれません。

テレビの前に家族が集まった、あの頃。

もう一度戻ることはできません。

それでも懐かしいドラマを見ると、一瞬だけあの茶の間へ帰ることができます。

〜昭和・平成のあたたかい記憶〜

次回も、そんな「あの頃」の記憶をたどってみたいと思います。

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