昭和の遊びベスト30|Sケン、フラフープ、缶蹴り…あの頃は町全体が遊び場だった
~昭和・平成のあたたかい記憶~

皆さんは子どもの頃、何をして遊んでいましたか?
今の子どもたちなら、テレビゲーム、スマートフォン、YouTubeなど、いろいろな答えが返ってくるでしょう。
しかし、昭和の子どもたちは違いました。
学校から帰ってランドセルを置くと、
「遊びに行ってくる!」
そう言って外へ飛び出したものです。
空き地、路地裏、神社の境内、学校の運動場、山や川。
そこが私たちの遊園地でした。
高価なおもちゃがなくても大丈夫。
空き缶一つあれば缶蹴り。
地面があればSケン。
石ころがあれば石蹴り。
竹があれば竹とんぼ。
そして友達が集まれば、鬼ごっこやかくれんぼが始まりました。
今回は、そんな懐かしい昭和の遊びを、
「昭和の遊びベスト30」
として振り返ってみたいと思います。

第30位 花いちもんめ
「勝ってうれしい花いちもんめ♪」
二つのグループが向かい合って、歌いながら前へ進んだり後ろへ下がったり。
最後は、
「○○ちゃんが欲しい!」
と相手を指名して、じゃんけん。
歌とじゃんけんだけなのに、みんなでやると楽しかったものです。

第29位 おはじき
色とりどりのガラスのおはじき。
指ではじいて相手のおはじきに当てたり、決められた場所まで動かしたりしました。
太陽の光を受けてキラキラ光るおはじきは、子どもにとって小さな宝石のようでした。

第28位 お手玉
小さな布袋を一つ、二つ、三つ。
上に投げては受け取り、また投げる。
上手な子は驚くほど器用でした。
母親やおばあちゃんから教えてもらった人も多いのではないでしょうか。

第27位 あやとり
一本のひもが、
「ほうき」
「はしご」
「東京タワー」
など、いろいろな形に変わっていきます。
二人あやとりでは、相手からひもを取りながら次々と形を変えていきました。
たった一本のひもで遊べたのです。

第26位 けん玉
大皿、小皿、中皿、とめけん。
簡単そうに見えて、やってみるとなかなか難しい。
何度も練習して初めて成功した時のうれしさは格別でした。

第25位 紙飛行機
広告の紙やノートの紙を折って作った紙飛行機。
「誰が一番遠くまで飛ばせるか?」
「誰の飛行機が一番長く飛ぶか?」
折り方を少し変えるだけで飛び方が変わります。
子どもなりに翼の角度まで研究していました。

第24位 泥団子
雨上がりの空き地は絶好の遊び場。
土と水を混ぜて丸め、泥団子を作りました。
何度も土をつけて固め、表面をツルツルにする。
きれいにできた泥団子は、壊すのが惜しいほどの宝物でした。

第23位 ゴム跳び
長いゴムを二人が足にかけ、もう一人が跳び越えます。
足首から始まり、
ひざ、腰へ。
どんどん高くなります。
特に女の子たちに人気の遊びでした。

第22位 縄跳び・長縄跳び
一人で何回跳べるか挑戦したり、みんなで長縄に入ったり。
「入るタイミング」が難しく、入れない子に、
「今!今!」
と声をかけたものです。

第21位 竹とんぼ
両手で勢いよく回すと、
「シュッ!」
と空へ飛んでいく竹とんぼ。
誰が一番高く飛ばせるか。
誰が一番遠くまで飛ばせるか。
竹を削って自分たちで作ることもありました。
作るところから遊びだった時代です。

第20位 竹馬
最初は一歩進むだけでも大変です。
何度も落ちながら練習していると、ある日突然歩けるようになります。
高い竹馬に乗れる子は、みんなの注目の的でした。

第19位 石蹴り・ケンケンパ
地面にマスや丸を書けば準備完了。
「ケン、ケン、パッ!」
石蹴りでは、小さな石を蹴りながらマスを進んでいきます。
地面そのものが遊び道具でした。

第18位 凧揚げ
お正月になると、広場や田んぼで凧を揚げる子どもたちをよく見かけました。
風をつかんで少しずつ空へ。
糸をどんどん伸ばして、
「もっと上がれ!」
小さくなっていく凧を見上げた光景が懐かしく思い出されます。
第17位 釘刺し
今ではあまり見かけなくなった昭和らしい遊びです。
地面に釘を投げて刺し、順番に陣地を広げていきます。
狙った場所に釘を刺すには、ちょっとしたコツが必要でした。
今考えると少々危ない遊びでもありましたが、それも昭和の子どもの遊びの一つでした。
令和の時代になると危険な遊びに認定されるため、画像は入れていません。

第16位 チャンバラごっこ
木の枝や新聞紙を丸めたものが刀になります。
「えい!」
「やあ!」
テレビの時代劇やヒーローになったつもりで走り回りました。
棒切れ一本あれば、そこはもう時代劇の世界でした。

第15位 ホッピング
バネのついたホッピングに乗り、
ピョン!
ピョン!
何回続けられるか競争しました。
バランスを崩すとすぐ倒れてしまいます。
上手な子になると、ホッピングに乗ったままかなり遠くまで進めました。

第14位 ローラースケート
今のインラインスケートとは違い、昔は四輪タイプのローラースケートが中心でした。
道路や広場を滑って遊びました。
最初は転んでばかり。
それでも練習して自由に滑れるようになると、本当に楽しかったものです。
第13位 馬乗り
何人かが腰を曲げて一列につながり、相手チームが次々と飛び乗ります。
「耐えられるか!」
「崩れるか!」
かなり豪快な遊びでした。
今では安全面からなかなかできないでしょう。
しかし昭和の男の子たちにとっては、体力と根性を競う人気の遊びでした。
今では、危険な遊びに認定されるため、画像は入れていません。

第12位 だるまさんがころんだ
「だるまさんがころんだ!」
鬼が振り返った瞬間、
ピタッ!
全員が止まります。
「今、動いた!」
「動いてない!」
そんな言い争いまで含めて楽しかったものです。

第11位 かくれんぼ
「もういいかい?」
「まあだだよ!」
家の周り、神社、公園、空き地。
隠れる場所さえあれば、どこでも遊べました。
夕方の少し薄暗くなった時間のかくれんぼは、少し怖く、それがまた面白かったものです。
ここから昭和の遊びベスト10!

第10位 鬼ごっこ
道具は何もいりません。
友達さえいれば始められます。
足の速い子はみんなの憧れ。
毎日のように走り回っていたのですから、昭和の子どもたちは知らないうちにかなりの運動をしていたのでしょう。

第9位 ドッジボール
学校の休み時間になると、ボールを持って運動場へ。
速い球を投げる子。
逃げるのが上手な子。
どんな球でも受け止める子。
クラスには必ず「ドッジボールのヒーロー」がいました。

第8位 フラフープ
そして、忘れてはいけないのが、
フラフープです。
大きな輪を腰に当てて、
「それっ!」
腰を振りながらクルクル回します。
最初は2、3回で、
「ガタン!」
と地面に落ちてしまいます。
ところがコツをつかむと、何十回、何百回と回せるようになります。
「誰が一番長く回せるか?」
みんなで競争したものです。
昭和33年(1958年)には、日本中でフラフープが大ブームになりました。
今振り返ると、輪っか一つに日本中の子どもたちが夢中になったというのも、いかにも昭和らしい思い出です。

第7位 こま回し・ベーゴマ
ひもをきれいに巻いて、
「それっ!」
勢いよく投げます。
ベーゴマでは相手のコマとぶつけ合い、最後まで回っていた方が勝ち。
ひもの巻き方。
投げる角度。
コマの調整。
子どもながらにいろいろ研究したものです。

第6位 ビー玉
地面に小さな穴を掘ったり、円を書いたりして遊びました。
指先ではじく力加減が難しく、上手な子は狙った場所へ正確に飛ばします。
お気に入りのビー玉は宝物。
ポケットに入れて歩くと、
「カチャ、カチャ」
と音がしました。
あの音まで懐かしく感じます。

第5位 メンコ
相手のメンコをめがけて、
「バシッ!」
力いっぱい地面に叩きつけます。
風圧で相手のメンコがひっくり返った瞬間の爽快感。
お気に入りのメンコを何枚持っているかが、ちょっとした自慢でした。

第4位 フナ・ザリガニ・昆虫捕り
昭和の子どもにとって、自然そのものが遊び場でした。
川や池へ行けばフナやザリガニ。
夏になればセミやカブトムシ。
トンボを追いかけて田んぼの中を走る。

今のようなゲームの「アイテム集め」ではありません。
本物の生き物を自分で探すのです。
捕まえたカブトムシを友達に見せると、
「すごい!」
ちょっとしたヒーローになれました。

第3位 Sケン(エスケン)
私が特に懐かしく思うのが、
Sケンです。
地面に大きなS字のような陣地を書き、二つのチームに分かれて戦います。
片足で、
「ケン、ケン!」
と跳びながら相手陣地へ攻め込みます。
これが本当に面白かった。
体力だけではありません。
バランス。
相手との駆け引き。
そしてチームワーク。
「お前はこっちから行け!」
「俺が守る!」
子どもながらに作戦まで考えました。
地面にS字を書いただけなのに、そこが立派な競技場になりました。
遊んでいるうちに汗びっしょり。
転んで膝を擦りむいても、
翌日になれば、
「今日もSケンやろう!」
また友達が集まりました。

第2位 缶蹴り
空き缶一つあれば、大勢で遊べました。
鬼が隠れた友達を探している。
その隙を狙って物陰から一気に走る。
そして、
「カーン!」
缶を思い切り蹴り飛ばします。
隠れていた仲間が助かる。
かくれんぼと鬼ごっこを組み合わせたような、実によくできた遊びでした。
夕方になっても、
「あと1回!」
「もう1回!」
なかなか終わりませんでした。

第1位 秘密基地・探検ごっこ
そして第1位は、
秘密基地・探検ごっこ。
私自身、子どもの頃、松山城周辺の山林で秘密基地を作ったり、探検ごっこをした思い出があります。
木の枝。
葉っぱ。
石。
捨てられていた板。
使えそうなものを集め、
「ここを俺たちの基地にしよう!」
友達と秘密基地を作ります。
そこには大人は入れません。
自分たちだけの世界です。
山の中へ入れば、
「この道はどこへ続いているんだろう?」
それだけで大冒険でした。
スマートフォンもありません。
GPSもありません。
大人に現在地を知らせることもできません。
それでも友達と山の中を歩き回り、自分たちだけの場所を探しました。
木の枝を杖にして、
「こっちへ行ってみよう!」
「いや、あっちに道があるぞ!」
今思えば、少々危ないこともしていたのでしょう。
しかし、あの時のワクワク感は忘れられません。
松山城の山林は、私たち子どもにとって巨大なテーマパークでした。
入場料は0円。
遊具もありません。
それでも一日中遊べました。
想像力さえあれば、山全体が遊園地になったのです。
昭和の子どもには「三つの遊び場」があった
こうして30の遊びを振り返ってみると、昭和の子どもには大きく三つの遊び場があったように思います。
一つ目は、
「空き地と路地裏」
Sケン、缶蹴り、鬼ごっこ、メンコ、ビー玉。
二つ目は、
「学校の運動場」
ドッジボール、だるまさんがころんだ、縄跳び。
そして三つ目は、
「自然」
山、川、池、田んぼ。
秘密基地、探検、昆虫捕り、ザリガニ釣り。
今のように「遊ぶためにどこかへ連れて行ってもらう」という感覚はあまりありませんでした。
家の外へ出れば、そこが遊び場だったのです。
「暗くなる前に帰っておいで」
昭和の子ども時代を思い出すと、今でも耳に残っている言葉があります。
「暗くなる前に帰っておいで!」
夕方になると、どこかの家から、
「ご飯よー!」
「もう帰っておいでー!」
という母親の声が聞こえてきました。
まだ遊びたい。
でも、そろそろ帰らなければならない。
「また明日な!」
友達と別れて家へ帰ります。
家に帰れば夕食。
家族みんなでご飯を食べ、その後はテレビを見る。
当時は、それが当たり前の日常でした。
しかし70歳を過ぎた今になって振り返ると、
あの何でもない一日が、実はとても幸せな時間だったのではないか。
そんなふうに思います。
昭和の遊びは「遊びながら学ぶ場所」だった
Sケンでは仲間と作戦を考える。
秘密基地では自分たちで工夫する。
メンコでは勝ち方を研究する。
鬼ごっこでは走る。
昆虫捕りでは自然を知る。
そして時には、
「それは反則だ!」
「俺が先だった!」
本気のケンカにもなりました。
しかし翌日になると、
「今日、何する?」
また一緒に遊んでいました。
誰かに教えてもらったわけではありません。
遊びながら、
ルールを守ること。
仲間と協力すること。
負けること。
仲直りすること。
危険を判断すること。
いろいろなことを覚えていたのかもしれません。
まとめ|物は少なかった。でも、遊びは無限にあった
昭和にはスマートフォンもありません。
インターネットもありません。
テレビゲームもありませんでした。
それでも、
「遊ぶものがなかった」という記憶はありません。
地面があればSケン。
空き缶があれば缶蹴り。
輪っかがあればフラフープ。
メンコやビー玉をポケットに入れて友達の家へ行く。
そして山へ行けば秘密基地と探検ごっこ。
**物は少なかった。
でも、遊びは無限にありました。**
そして何より、
そこにはいつも友達がいました。
汗をかく。
転ぶ。
膝を擦りむく。
ケンカする。
笑う。
そして夕方になると、
「また明日!」
と言って家へ帰る。
昭和の空き地や山、路地裏は、私たちにとって学校とは違う、
「もう一つの教室」
だったのかもしれません。
皆さんは、どんな遊びに夢中になりましたか?
Sケンでしょうか。
缶蹴りでしょうか。
フラフープでしょうか。
それとも秘密基地でしょうか。
この「昭和の遊びベスト30」を見ながら、ほんの少しだけ、あの頃へ戻ってみませんか。
そして、
「そういえば、こんな遊びもあった!」
という遊びがあれば、ぜひ教えてください。
きっと、その一つ一つに、皆さんだけの昭和の思い出が残っているはずです。
